古/いにしえの面影       其の一阡七百九拾六
怪しい親爺輪っぱの会
 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2026年05月22日 金曜日
アップ日  2026年06月03日 水曜日

和歌山県紀の川市桃山町垣内(丹生神社)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

カヤは山地に生える雌雄異株の常緑高木で、葉は線形で先端が尖っている。
善福寺の本堂へ登る石段の登り口左側に胸高周囲4.32メートル、
高さ23メートル余のもの1株、石段の上右側に胸高周囲6.95メートル、
高さ23メートル余のもの1株がある。
いずれも樹齢800年と推定されるカヤの大樹である。
海南から高野山への最短の道筋で、小高いところに位置していたので、
街道として栄えた頃はよい目標物となっていた。
(わかやまの文化財HPより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

県道高野口野上線沿いに
気に成る石段

県道沿いの頌徳碑
村長 中東藤左ヱ門氏
金井 正夫(かない まさお、
1892年(明治25年)2月14日 - 1979年(昭和54年)10月4日)は、
日本の政治家、裁判官、弁護士。
衆議院議員、和歌山県知事。旧名、当央。
1946年(昭和21年)1月、和歌山県知事に就任するが、
第21回総選挙で大政翼賛会推薦候補であったため、
同年6月に公職追放となり知事を辞任した。
(Wikipediaより)
 
階段上れば鳥居

鳥居脇に鐘楼

※大阪高津逢坂
鋳物師 今村久兵衛銘
大阪生国魂神社
には鋳造された狛犬が有るそうで~

地域状況
真国川に架かる橋

山裾に神社

※慰霊碑

御祭神j

※手水鉢

本殿舎

※境内摂社

この石は?

※見返れば~
旧細野小学校跡

校歌碑

※石段には杯状穴

ここにも頌徳碑
元村長故 船迫光一翁

小野 真次(おの しんじ、1893年(明治26年)4月15日 - 1974年(昭和49年)1月3日)は、
日本の政治家。和歌山県出身。
初代和歌山県公選知事(1947年(昭和22年)4月19日 - 1967年(昭和42年)4月22日)として5期を務めた。
在任中は南紀豪雨による紀州大水害や伊勢湾台風などの災害が相次ぎ、
戦災からの復興と災害復旧に追われたが、1959年(昭和34年)には明治以来の悲願であった
国鉄紀勢本線の全通を迎えるなど、着々を成果を上げていった。
(Wikipediaより)

神社を背にした小学校だったんですね。
境内には
カヤと高野マキの大木が~