古/いにしえの面影       其の一阡七百九拾一
怪しい親爺輪っぱの会
 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2026年05月22日 金曜日
アップ日  2026年06月03日 水曜日

和歌山県海草郡紀美野町野中(十三神社)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

十三神社(じゅうさんじんじゃ)は、
和歌山県海草郡紀美野町の貴志川沿いに鎮座する神社。
当社本殿、摂社丹生神社、本殿、摂社若宮八幡神社本殿の
3棟の社殿が国の重要文化財に指定されている。
いずれも天正年間(1573年〜1592年)かそれ以前に
建立されたもので、桃山時代の社殿建築様式(古式)を
今に伝える貴重な遺構である。
かつての地名である神野庄(神野郷)から「神野宮」とも呼ばれる。
なお、明治維新後に現在の名称へ改称する以前は「十三社明神社」、
「十三神社大明神」などと称していた。
(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

高野西街道から鋭角的に
貴志川右岸から入る道路は
宮橋を渡るルートですので自動車は不可です。

※旧町立美里中学校横から入ります。

境内地脇に出ます。

※境内の様子

創祀
延暦3年(784年)に神野郷の人々が官許を得たことにより、
神世七代及び神代五代の大神らを祀ったことに始まる。
創建時より暫くは「十二社大権現」と称していたとされるが、
当初より十三所大明神を祀っていた可能性がある。

十三所大明神の由来
天正年間(1573年〜1592年)には、伊予国の
河野道直とその子、秀道が長宗我部元親との戦いに敗れ
神野庄上ヶ井(当地)に行き着いた際、一羽の霊鳥が傍を離れなかったといい、
伊予国における一の宮「大山祇大神」を信奉する道直は霊鳥を
大山祇の神霊と考え、神野庄(上下神野村)の人々と合議の上、
高野山から許可を得て天正17年(1589年)、大山祇神(大三島明神)を
先の十二社大権現に合祀した。
以来、「十三社大権現」(十三所大権現)と称するに至ったと伝えられている。

一方で、康治2年(1143年)の『神野真国荘絵図』(京都神護寺所蔵)において
既に「十三所大明神」と記されており、
安貞2年(1228年)の『高野山衆徒置文』においても「庄内神社十三所」と
記されている。
また、『和歌山県神社誌』では「創建以来、十三所大明神としてきた」との
記述がされている。
これらのことから、天正17年の合祀の際に13の神のうちの一柱が、
大山祇神と入れ替わった可能性が考えられる。
(Wikipediaより)



宮橋
徒歩専用橋ですね。

※擬宝珠付き

橋の上からの貴志川
前日の降雨の影響で濁っていました。
上流側

※下流側

鳥居

※扁額

昭和33年銘

※奉献 和歌山神野人會

手水舎

※手水鉢

重要文化財

※磐座?

アンテナ
ハムでしょうか?

拝殿舎内

※獅子舞写真も~

神門

※国常立尊(主神)
国狭槌尊
豊雲野尊
泥土煮尊・沙土煮尊
大戸道尊・大戸間邊尊
面足尊・惶根尊
伊弉諾尊・伊弉冊尊
天照大日孁尊
天忍穗耳尊
彦火瓊々杵尊
彦火々出見尊
鵜茅葺不合尊
大山祇神

本殿舎正面

※御祭神名

脇から檜皮屋根

※神社拜詞

摂社丹生神社、摂社若宮八幡神社本殿
綺麗です~

※本殿舎前には~

彩色された
社殿内狛犬が~


※吽



※吽

他の摂社

※恵美須社も~

本殿舎横には獅子図



正面には龍

※木鼻龍

釘隠しは松

※流石国宝~
放水銃装備されてます。

社殿前風景



頌魂神社サン



社殿

※脇の墓標
神宮寺の名残?

町立旧美里中学校