古/いにしえの面影       其の一阡七百七拾四
怪しい親爺輪っぱの会
 別館 一人歩き編です。

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撮影日  2026年04月14日 火曜日
アップ日  2026年04月23日 木曜日

奈良県吉野郡十津川村玉置川(玉置神社)Ⅰ
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

玉置神社は大峰山脈の南端に位置する
玉置山(標高1,076m)の山頂近くに鎮座します。
この地は神武天皇御東征のおり必勝祈願された所とされ、
紀元前37年第10代崇神天皇の御宇に、王城火防鎮護と悪魔退散のため
早玉神を奉祀して神社が創建されたと伝えられています。
古くより熊野から吉野に至る熊野・大峯修験の行場のひとつとされ、
神仏混淆のもとで玉置三所権現または熊野三山の奥の院と称され
霊場として栄えました。
明治元年の神仏分離令により神仏混淆を廃して以降は、
玉置三所大神、更に玉置神社となり現在に至っています。
境内には樹齢三千年といわれる神代杉を始めとして杉の巨樹が群生し、
県の天然記念物に指定されています。
玉置神社を含む大峯奥 道は、平成16年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の
構成資産として世界文化遺産に登録されました。
神社に伝わる弓神楽は、玉置権現が白木の弓を射て悪魔を調伏したことに
由来するとされ、下記の御神歌が伝わっています。
「熊野なる 玉置の宮の 弓神楽 弦音すれば 悪魔退く」
(十津川村公式HPより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

参道から北側の紀伊山地を望む
国道168号の十津川に架かる今戸高架橋が
中央右側に見えます。

※山桜が~

十津川温泉の標高143m
約11km参道をバイクで登って
標高1000m附近の駐車場
神様に呼ばれないとたどり着けないとか~
徒歩ではシンドイでしょうね。

※出雲大社玉置教会…
大国主命

境内案内図
見やすいです。

※令和の大改修中~

駐車場脇の参道鳥居

※扁額

多くの奉賛者

※旗も沢山!

参道風景



山之神

※枕状溶岩
どれ?

玉置山の枕状溶岩堆積地
奈良県指定天然記念物 <指定日>平成9年(1997年)3月21日
今から3,000万年以上も前、海底火山の噴火により噴出した玄武岩質の
溶岩が海水に触れ、急速に冷却・固化したことにより生じた溶岩が、
その後の地質活動により海底深くから玉置山山頂付近まで隆起してきたもの。
丸太状のその岩塊が枕に似ていることから「枕状溶岩」と呼ばれています
(十津川村公式HPより)

 この斜面が溶岩ですか~

前には

堆石地ですか~

紀伊山地は、概観すると中央部が最も高いドーム型の形状を呈しており、
典型的な曲隆山地である。活断層はほとんど皆無である。
大地形としては四国山地と同じく西南日本弧の外弧隆起帯に分類される。
外弧隆起帯は、フィリピン海プレートが南海トラフにて西南日本弧の乗る
ユーラシアプレートの下に沈み込む際に、ユーラシアプレートの南端を
押し上げられることによって形成されたと考えられている。
その後、南西日本弧に東西方向の圧縮応力がはたらき、
弧全体が波打つような形状を呈した。
外弧隆起帯も、隆起地形と沈降地形が交互に連なる大地形が形成されており、
それが紀伊山地 - 紀伊水道 - 四国山地である。
(Wikipediaより)

※参道風景~

一旦下って~



大きな杉が~

前には

参道見上げたら
大きな杉達が目につきます。



索道~



材木として見るのではなく
神々の姿として見えてしまします。



石楠花の参道

※本宮辻だそうで~

手水舎

※手水鉢

由来記

※国体の採火地

鳥居正面

※扁額

狛犬


※吽

なにわ型

※案内図

絵馬
後ろに和泉式部、後白河院
参詣記念塔が有ります。

※神楽殿

本殿舎

※神々の名

木彫は派手ではありませんが
丁寧に~

※木鼻象

正面龍



本殿舎前風景

※石燈籠

本殿舎横から~



石垣の向こうは神代の杜



境内摂社
若宮社と神武社

※神輿殿

大日堂社

※正面龍

菊の御紋

※石楠花の花は未だでした。
やはり持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖擦り合うも他所の縁~
いつまで知った景色が在るのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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