古/いにしえの面影       其の一阡七百五拾六
怪しい親爺輪っぱの会
 別館 一人歩き編です。

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撮影日  2026年04月02日 木曜日
アップ日  2026年04月04日 土曜日

和歌山県有田郡有田川町粟生(吉祥寺薬師堂)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

国宝と重要文化財
文部科学大臣は、重要文化財のうち「世界文化の見地から価値の高いもので、
たぐいない国民の宝たるもの」(文化財保護法第27条)を国宝に指定することができる。
「国宝及び重要文化財指定基準」(昭和26年文化財保護委員会告示第2号)によれば、
重要文化財のうち「製作が極めて優れ、かつ、文化史的意義の特に深いもの」
「学術的価値が極めて高く、かつ、歴史上極めて意義の深いもの」を国宝に指定することができる。
法的には国宝も重要文化財の一種である。
なお、1950年(昭和25年)の文化財保護法施行以前の旧制度下では、
現在の「重要文化財」に相当するものがすべて「国宝」と称されていたので
混同しないよう注意を要する。
(Wikipediaより)

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国道480号
高野山方面へ~

※吊り橋が
点在します。

有田川渡る吊り橋

※国道からでも
茅葺屋根が見えます。

村中道~

※堂々とした~

東側の防火壁?
国宝重要文化財碑

※簡易的な山門

西側の防火壁

※苔生してますが
奇麗な意匠の茅葺屋根
茅葺の葺き替え
場所や使用状態にもよるがススキの茅葺の場合15-20年程度で
屋根全体を葺き替えることが多いようである。
ただし棟付近は傷みが激しいので定期的な補修が必要である。
ススキの茅葺であっても棟にだけは耐久性の向上を目的として
ヨシを用いることも多い。
全てヨシ吹きの場合40年以上の耐久性があり、「刺し茅」という
技法で補修するため屋根全体の葺き替えは殆ど行わない。
た
だし、ヨシはススキに比べて、材料も高く屋根を葺く技術も高いものが要求される。
(Wikipediaより)

井戸付きの手水舎

※手水鉢

吉祥寺薬師堂は、元は岩倉神社の別当寺であった東福寺の建物で、
室町時代の応永34年(1427)に建立された茅葺きの三間堂です。
厨子は墨書から明応2年(1494)に造られたことが明らかであり、
堂の建立から67年後に納められたものです。
毎年旧暦1月8日に国の重要無形民俗文化財に指定されている
粟生のおも講と堂徒式が行われます。

かつて堂内には、国指定重要文化財に指定されている薬師如来、
大日如来、聖観音、毘沙門天、不動明王の各仏像が安置されていましたが、
現在は宝霊殿に移されています。
(有田川町HPより)


粟生のおも講と堂徒式(国指定重要無形民俗文化財)
午前中に行われるおも講は、室町時代初期にこの地域で
村作りを始めたとされる主株13戸の家長が寄り合い、
村政の評議をする場でした。
岩倉大明神と観音菩薩・薬師如来・大日如来の二幅の掛け軸をかかげて礼拝し
吉祥寺住職によるお勤めの後、御神酒を飲み食事をして親睦を図ります。

午後から行われる堂徒式は、数え年3歳の子どもがおも講の承認を受けて村入りし、
子どもの成長と健康を薬師如来に祈願する行事です。
3歳児のうち最も出生の早い男児の親が雄蝶、女児の親が雌蝶となり、
無言の三三九度をくみかわすというもので、現存するものは少なく、
貴重な民俗行事となっています。
(有田川町HPより)

※

屋根裏が見えます。
堂内は吹き抜け?

※

堂前の絵馬
軍配持った武者

※剥脱が激しくて残念

鳳凰

※

扁額

※屋根の取り合い

南側より~

※

燈籠と宝篋印塔

※

東側より

※北側より~

30m程離れた所に
吉祥寺さん

※

基本的に急傾斜地

※

集落風景

※

境内裏に
旧賽銭箱

※春日燈籠

山門裏から~

※見返って~

銀行?と思えば~

※JAありだ出張所跡でした。
やはり持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖擦り合うも他所の縁~
いつまで知った景色が在るのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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