古/いにしえの面影       其の一阡七百四拾七
怪しい親爺輪っぱの会
 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2026年03月12日 木曜日
アップ日  2026年03月23日 月曜日

和歌山県海草郡紀美野町毛原宮(丹生狩場神社)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

毛原(けばら)は、和歌山県海草郡紀美野町にある地名。
紀美野町の東部、貴志川上流の山間部に位置する。
かつての毛原郷・毛原荘に由来するもので、大字としては下流側から順に
毛原下(けばらしも)・小西(こにし)・毛原中(けばらなか)
・毛原宮(けばらみや)・毛原上(けばらかみ)が相当の範囲となる。
南側は山を隔てて有田川町となっている。
古くは「毛無原」とも表記された。高野山金剛峯寺の所領であった。
戦国期の文書で毛原には5つの村があるとされており、
これが現在の大字にも引き継がれている。
(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

校門は開かれています。

※子供たちの声は遠い昔~
2017年3月24日(金) 休校式
毛原小学校、長谷毛原中学校は3月31日(金)に
休校になりました。
運動場はヘリポートに…

あの岡越えて遠足の思い出も~

※二宮尊徳象も~

小中学校共に
休校だそうです~

※標高270m附近
里では桜の便りも~
フキノトウが沢山!

校庭隣に境内地

※大日寺(神宮寺)も~

神社正面

※拝殿舎

手水舎

※手水鉢

本殿舎
社殿内狛犬も~

※2柱居られます。
どちらも社殿内狛犬が~

境内見返って~

※境内摂社

忠魂碑
田中 義一(たなか ぎいち、
1864年7月25日〈元治元年6月22日〉- 1929年〈昭和4年〉9月29日)は、

日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。
位階・勲等・功級・爵位は正二位勲一等功三級男爵。

陸軍大臣(第14・16代)、貴族院議員(勅選)、内閣総理大臣(第26代)、外務大臣(第42代)、
内務大臣(第45代)、拓務大臣(初代)、立憲政友会総裁(第5代)を歴任した。

タレントのタモリは、生誕時には田中を尊敬していた祖父によって「義一」という
名をつけられる予定であった。
しかし画数の多い「義」が上に来ると頭でっかちな子になるとされ
「一義(森田一義)」となったとしている。

※三つ巴紋

大杉



由来記



境内摂社

※右から
日光神社
犬飼神社(犬型狛犬)
天満宮、祇園社、弁財天、?、

秋葉神社?

※大杉

大日寺縁側釣鐘

※弘安八年
東大寺鋳物師大工
山川助氶

木造阿弥陀如来坐像
見たかったなぁ~

※御本尊は不動明王~

一の鳥居

※見返って~

鐘楼

※毛原庄
神宮寺銘

高野西街道旧道
毛原の町並み
高野西街道
紀美野町などでは、当道のうち海南市のJR高架橋下から高野町までの区間を
高野西街道と名づけて、道路整備や観光振興を図っている。
これは、当道が高野山への参詣路の1つであることにちなむ。
なお、名称が類似する歴史的な街道「西高野街道」との関連は無い。
(Wikipediaより)



鳥居は高野西街道に接してます。

※丹生は水銀(朱)に因むのでしょうか?
やはり持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖擦り合うも他所の縁~
いつまで知った景色が在るのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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