
大門過ぎて~
大門(重要文化財) - 宝永2年(1705年)再建。
五間三戸の二階二層門で高さ25.1メートル。
西方極楽浄土の方角に建てられ、表参道の入り口である。
左右の金剛力士像は江戸時代中期の仏師・康意(阿形)と法橋運長(吽形)の作であり、
東大寺南大門の金剛力士像につぐ日本で二番目に大きい像とされる。
1141年(永治元年)から楼門形式の門となっているが、そ
れ以前は、現在地より少し下がった九十九折(つづらおり)谷に
鳥居があり、それを総門とし神社同様そこから結界内は聖域であることを示していた。
(Wikipediaより)
※高野山街中へ~
|

高野山大師教会本部
大師教会
大講堂は高野山開創1100年記念事業として1925年(大正14年)に建立され、
本尊には弘法大師、脇仏に愛染明王と不動明王が祀られている。
高野山真言宗の布教、御詠歌、宗教舞踊等の総本部で、
各種研修会や講習会が催され、一般参詣者でも授戒、写経などが体験できる。
(Wikipediaより)
※正面は六時鐘楼
|

金剛峯寺参道
※手水舎
|

本坊正門
※
|

門の向こうに本坊
※木彫は見事に~
|

木鼻麒麟
※
|

檜皮葺の本坊
※細かい木彫
鳳凰
|

本坊正面
※鉄髭付き
正面龍
|

木彫 虎
※
|

東側の会下門
※
|

鐘楼正面
※脇から~
|

拝観受付して~
※白人のインバウンドの方々が
多かったです。
|

狩野派の襖絵
※高野杉
|

正門真っすぐ~
※お上人の座
|

枯山水
※ユックリ座りたいですね。
|

大きな杉も
庭木の一部~
※
|

順路通りに回ろうとしたら
渋滞中…
※昭和期後期に作庭された日本最大級の枯山水庭園
蟠龍庭
|

青紅葉も綺麗です。
※蟠龍庭 - 1984年(昭和59年)弘法大師御入定1150年御遠忌大法会記念事業として
造園された日本最大級の2340平方メートルの石庭。
雲海の中で雌雄一対の龍が奥殿を守っている姿を表現している。
龍を表す石は四国の花崗岩を140個使用し、雲海を表す白川砂は京都産を使用。
(Wikipediaより)
|

龍を見立てて~
※
|

中庭
※台所
|

オクドサン
※
|

三和土なんですね。
※明り取り
|

二石釜
1斗とは約18Lとか~
※
|

菊花紋の茶釜
※明り取り
|

三宝さん
|

空海が高野山に入山し最初にしたことは、
高野山を中心に東西、南北にそれぞれ七里の結界を張り、
俗世と聖地高野山との境界としたことであった。
高野山は元々祖霊の集まる神聖な場所で、それを人々へ承知させ、
結界内に不浄なものを入れないために、高野山を囲む
山々の峰をつなぐ線として、密法の法により結界を張ったとされている。
また高野山全域の結界の中に更に二重の結界が張られ、そ
の二重の結界内部は、のちに信仰の中心となる伽藍を建立する
壇上(壇場)とされた。
結界内に開創以来、次の4つの禁が明治まで続いた。
・肉や魚を持ち込まない。食べない。
・女人禁制。
・遊芸に関わる鳴り物をしない。
・鶏と猫を飼わない。
(Wikipediaより)
※ねずみ除け食料棚
|

杵や御櫃も~
※大きな羽釜も~
|

煙抜き~
|

塗の椀でも入っているのでしょうか?
※小ぶりな籠も~
|

会下門
重文だそうで~
※波兎
|

波兎
※やはり標高が高いのですね。
石楠花満開!
|

立派な高野杉
※寺内町のようです。
|

綱引弁財天
弘法大師高野山開創時に
繁栄を祈って山内7ヵ所に祀られた一つ。
各々水源の位置に祀られたとか~
|